Wednesday, 2 December 2015

at the show...99%is-

Labels STREET

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Tokyo independent and underground fashion queen is here,

Nakao-chan!

 

「ファッションとは自分自身を表現するもの

自己表現の一つ」

というフレーズに対して

あたしはちょっと微かな違和感があって。

 

というのは私自身

「自分はこういう人間です」と

世間に向かってアピールしたいという気持ちが

有るか無いか、と言えば、サッパリに無いから。

ということもあって

着ているもので自己表現をしている、と言われると少し戸惑ってしまう。

 

at the show of 99%is-.Awesome,always!

 

あたしが服を選ぶ理由と言えば

例えばショーなんかを見てどうしようもなく

ときめいてしまったデザイナー、とか

大好きな友達がやってるブランド、

あとは単純に見て、触って、試着とかして

「わぁ!」って思ったものを買って着てるだけで、

そこにあんまり思想はなかったりする。

純粋に「好き!」の集積なのだ。

 

(※そういう意味で私はさっぱりファッショナブルではない。

着てるもので自己顕示をする意識がない、

見てくれで自己承認される事に興味がないのだ、実際。

 

このことに対しての詳細は、えっと、とりあえずはキックオフになる

この場所で話させてもらえれば。

多分、初めてこの件に対して突っ込んだ話をさせてもらうと思う。

『自意識過剰の向こう側に見えてきたものに関して』、というか。

 

詳細は コレ

か、天狼院のお知らせの ココ!  )

 

 

 

ただ、私の感覚的なファション感とは

反対にいるファッショナブルな彼らに対して

心から尊敬と畏怖を感じてる。

つまり99%is-に集いに集ったパンクス、

彼らはなにより筋が通っていてとても見ていて美しい。

 

 

最初は単に「ファッション(=これカッコイイ!着たい!欲しい!)」

から始まった好奇心かもしれないけれど、

ちょっとしたきっかけが

パンクスのファッションのルーツを掘る、というアクションにつながり、

彼らの思想だったり

それが生まれた背景だったりを知る契機になる。

 

それは

自分自身の生き方を見直す機会になり、

彼らの生き方や考え方、世の中に対しての向き合い方に

パンクな変化を及ぼしていく。

 

 

それを受けての毎日を生きる気持ちに変化は訪れて、

改めて身に着けたそれらのアイテムは

当初は見た目(=ファッション)だけで入ったものであるにせよ

自分の思想や考え方と深く結び付き

それはとても目に見えない、言葉には出来ない

「フォトジェニック」としか言えない雰囲気、もしくは迫力があり

私は心を奪われないではいられない。

 

心(内面)と見た目(外面)の共振具合に感動したりする。

それはとても、美しい事だと思う。

 

 

ファッションは自己表現というよりも、

自分の今感じている思想や考えが(表現しようとしなくても)

見た目に漏れ出たもの、なのだ、と改めて思う。